成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害などで判断能力が不十分な方の 財産管理、身上監護を後見人が代理人としてサポートする制度です。
成年後見制度には、大きく分けて法定後見と任意後見の2つの制度があります。 法定後見は、既に判断能力が低下した人に対して家庭裁判所が後見人を選任し、本人の判断能力に応じて後見、保佐、補助の類型に区分し、権限を付与する制度です。
これに対して任意後見は、本人の判断能力のあるうちに、将来判断能力が低下したときに備えて、任意後見受任者と契約を締結し、判断能力が低下した時に、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立てし、選任されたときにその効力が生じる制度です。
任意後見制度は、本人自身が、受任者を誰にするか決められるのが大きな特徴で、自己決定の尊重の観点からは望ましい制度とされている任意後見制度ですが、利用者が非常に少ないのが現状です。令和4年の任意後見監督人選任の審判の申立件数は879件で成年後見事件全体の申立件数37,919件のわずか2%にすぎません。
1 任意後見契約とは
任意後見制度は、任意後見契約法に基づき、自己の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部についての代理権を付与する委任契約です。法定後見では、後見人を選ぶのは家庭裁判所です。必ずしも自分の希望通
りに後見人が、療養看護及び財産管理に関する事務を行ってくれるとは限りませんが、任意後見契約では、自分の判断能力がしっかりしている契約時に、自分の希望を伝え、将来の認知症などで判断能力が低下した時にどのような
生活、療養看護、介護、財産管理を希望するかを任意後見受任者に伝え、療養看護及び財産管理に関する事務の内容を決めておくことができます。
2 任意後見監督人が選任されてから効力が生じる
一般の契約は、契約が締結されたときに効力が生じますが、任意後見契約は、判断能力が衰えたときに、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立てし、監督人が選任されたときに契約が発効します。任意後見人は、監督人の元で事務を行います。
法定後見では、家庭裁判所が直接後見人を監督しますが、任意後見制度では、私的自治、契約が尊重され、家庭裁判所は任意後見人を直接監督せず、任意後見監督人を通じて任意後見人を間接的に監督する仕組みになっています。
3 公正証書により契約しないといけない
任意後見契約を締結するには、任意後見契約に関する法律により、公正証書でしなければならないことになっています。
その理由は、委任者本人の意思と判断能力をしっかりと確認し、また、契約の内容が法律に従った適切ものになるように、法的知識と経験を有する公証人が作成する公正証書によらなければならないと定められています。
また、任意後見契約は、公証人の嘱託により、法務局で登記されます。契約書の原本は公証役場に保管され、本人及び受任者に正本が1通ずつ交付されます。
4 任意後見人になれる人
任意後見人を受任するのに特に資格は必要ありませんが、以下の人は(任意後見契約法第4条第1項3号)任意後見人(任意後見人受任者)になることはできません。
①未成年者
②家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
③破産者
④本人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族
⑤行方の知れない者
⑥不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者
任意後見契約の受任者の7割が親族で、親族後見人が2割しかいない法定後見とは対照的で、後見人を自分で決めることができる任意後見制度の特徴を示しています。
5 任意後見人の権限と義務
任意後見人は、法定後見と同じく、身上監護と財産管理を行いますが、法定後見と異なり、任意後見契約で定められた代理権の範囲内でしか権限行使できません。また、法定後見人に与えられる取消権はありません。任意後見人には、法定後見と同じように、本人意思尊重義務、身上配慮義務を有します。契約を補完するものとして本人の今後の生活や療養看護、財産管理に関しライフプランや指示書が作成される場合もあります。
6 後見監督人の選任申立て
任意後見契約締結後、実際に本人の判断能力が衰えてきたら、任意後見監督人の選任の申立てをします。任意後見監督人選任の申立てができるのは、本人、配偶者、4親等内の親族、任意後見受任者です。本人以外の者による申立ての場合は、本人の同意が必要です。
任意後見監督人が選任され、任意後見契約の効力が発生して初めて任意後見受任者は任意後見人となり、契約に定められた事務につき代理権を行使できるようになります。
任意意後見監督人には、本人の親族などではなく、主に弁護士、司法書士社会福祉士など第三者が選任されるのが一般的です。
7 任意後見監督人の職務
任意後見監督人の仕事は、任意後見人の事務を監督することです。
任意後見監督人は、いつでも、任意後見人に対し事務の報告を求め、又は事務若しくは本人の財産の状況を調査することができます。
任意後見監督人は、任意後見人の事務に関し、家庭裁判所に定期的に報告をすることが義務付けられています。家庭裁判所は、任意後見監督人から報告を受けることで間接的に任意後見人を監督します。
また、急迫の事情がある場合に、任意後見人の代理権の範囲内において、必要な処分をすることや、任意後見人と本人との利益が相反する行為について本人を代理することもできます。
8 任意後見人、任意後見監督人の報酬
任意後見人の報酬は、任意後見契約に基づいて報酬が支払われます。任意後見監督人へは、家庭裁判所に報酬付与の申立てを行った場合には、家庭裁判所の決定した報酬をご本人の財産から受け取ることができます。(家庭裁判所の許可なく本人の財産から報酬を受け取ることはできません。)
9 法定後見との関係
任意後見契約が登記がされている場合、家庭裁判所は本人の利益のために特に必要がある場合に限り、法定後見開始の審判をすることができます。原則自己決定が尊重され、任意後見が優先されます。特に必要な場合とは、同意権・取消権による保護が必要な場合です。
9 任意後見契約の終了
任意後見契約の終了事由は以下のとおりです。
①任意後見契約の解除
②任意後見人の解任
③任意後見監督人選任後の本人に対する法定後見の開始の審判
④任意後見人(任意後見受任者)の後見開始審判の確定
⑤本人または任意後見人(任意後見受任者)の死亡、破産手続き開始の決定
10 任意後見契約の解除
任意後見監督人が選任される前であれば、本人又は任意後見受任者は、いつでも、公証人の認証を受けた書面に よって、任意後見契約を解除することができます。
任意後見監督人選任後は、本人又は任意後見受任者は、正当な事由があるときに限り、家庭裁判所の許可を得て、解除することができます。
11 任意後見契約の種類
任意後見契約の類型には「即効型」「将来型」「移行型」の3種類があり、本人の状況または希望により選択することができます。
(1)即効型
任意後見契約の締結と同時に、任意後見監督人を選任して、任意後見契約が発効する(任意後見が開始する)タ イプです。本人の判断能力が法定後見の「補助」程度に低下している場合に、この即効型を選択することができます。
(2)将来型
任意後見契約締結時から本人の判断能力が低下して任意後見契約が発効する(任意後見を開始する)までの間、つなぎとなる別の委任契約等がないタイプです。
これを将来型といいますが、問題点として、第三者が任意後見人になる場合、予定している任意後見人と本人との関係が疎遠になる、関係が悪化する等の事由で、契約自体が発効できず、後見を開始できない事態が生じる恐れがあります。また、本人の判断能力が低下しているにも拘らず、それに気付かず、任意後見監督人選任の申立てが遅れてしまう恐れもあります。契約の発効までつながりを持たせるため、日頃からの相互の接触を保つための見守り契約などを考慮する必要があるでしょう。
(3)移行型
任意後見契約締結時から本人の判断能力が低下して任意後見契約が発効する(任意後見を開始する)までの間 は、任意代理の財産管理契約を締結するタイプです。本人の判断能力はしっかりしているが、身体が不自由で思うように活動できない場合などに、財産管理等についての事務委任契約を結び、切れ目なく支援を行います。
これを移行型といいますが、問題点として、任意後見監督人による監督を回避する目的から、本人の判断能力が低下しているにも拘らず任意後見監督人選任の申立てがなされず、後見の開始までに時間的な空白が生じてしまう恐れがあります。
12 任意後見契約と併用される契約等
(1)見守り契約
任意後見制度が始まるまでの間、任意後見人となる予定の方が本人を定期的に訪問したり電話などで連絡を取り合ったりする契約のことです。
(2)財産管理、身上監護の委任契約
事故や病気によって、心身の状態が思わしくないときに、親族や友人など、信頼できる人に、本人に代わって財 産の管理や病院、福祉サービスなどの利用手続きを行ってもらう契約のことをいいます。認知症などで判断能力がなくなったときに備え、任意後見契約と同時に結ぶと便利です。
(3)死後事務委任契約
死後の事務委任契約とは、本人がなくなった後に、葬儀や納骨の手配、医療費や公共料金などの支払などといった手続きを、第三者に委任する契約です。おひとり様、身寄りのいない人やいたとしても、疎遠な方は検討が必要です。
(4)遺言
自分の財産を誰に、どれだけ承継させたいのかなど、自分の意思を最後まで貫くことができます。子どもがいない場合や相続人で遺産分割協議が困難なことが予想される、特定の者に財産を遺贈したい場合は必要です。ただし、一定の方式に従って作成する必要があります。
(5)家族信託
自分が判断能力があるうちに、信頼できる家族に、不動産や預貯金などの財産の管理、活用を任せる信託契約書を交わし、財産の管理、活用で得た利益を認知症になった後も、本人の生活費・療養・介護費用などに充当することができます。また、信託終了後の財産の帰属者も決めておけます
以上の制度を時系列的に並べると以下のようなフロー図になります。