(1)相続トラブルを避けるために
遺言は人の最終の意思表示として、その死後に法的な効力を生じさせる制度です。そのため、民法には遺言でき る事項や遺言の種類、形式について定められています。主に活用されるのは、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言ですが、自筆証書遺言や秘密証書遺言の場合には、家庭裁判所で検認手続が必要です。検認手続きとは、遺言書の発見者や保管者が家庭裁判所に遺言書を提出して相続人などの立会いのもとで、遺言書を開封し、遺言書の内容を確認する手続きです。
遺言書の検認件数は、平成20年に13,632件であったのに対し、令和元年は18,625件とこの10年間で約1.4倍に増加しています。検認件数も年々増加していることから、自筆証書遺言の作成件数も年々増加していることがわかります。公正証書遺言の作成数も、平成20年に76,436件であるのに対し、令和元年は113,137件と同じく約1.5倍に増加しています。
令和元年の死亡者数138万1098人に比べるすと、遺言を書く人は死亡する人の1割程度にすぎません。遺言は相続トラブルを防止するためにも有効な手段ですがまだまだ普及していない現状です。
相続は、遺言書がある場合は、遺言書に沿って相続しますが、ない場合は相続人全員の遺産分割協議となります。この遺産分割協議がまとまらないことが予測される場合や自分の考えている人に相続をさせたいと考えている場合は遺言書を作っておいた方がいいでしょう。
また、相続人の中に、認知症高齢者や知的障害者、精神障がい者がいる場合、遺産分割協議をするのに成年後見制度を利用せざるを得なくなったりします。後見人をつけるために、時間がかかる、費用がかさむといったことになります。予め遺言書で分割方法を指定しておけば、遺産分割協議をしなくても相続人が遺言書に書かれたとおりに相続することができ、後見人を選任する必要はありません。相続トラブルを回避するために、遺言書の作成、できれば公正証書での遺言書の作成をお勧めします。
※遺言書の「検認」とは?
遺言書の保管者やこれを発見した相続人は、遺言書を家庭裁判所に提出して、その「検認」を請求しなければなければなりません。 「検認」とは、相続人に対し遺言の存在を知らせるとともに、遺言書の形状や内容などを明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手 続きです。「検認」が必要になると、家庭裁判所での手続きが必要になるなど、相続人に若干の負担がかかります。
(2)遺言の法的性質
遺言とは、人の最終の意思を尊重し、その者の死後にその意思を実現させる制度です。遺言は、法律行為の一種ですが、相手方のない単独行為です。遺言の法的性質は以下のとおりです。
①要式行為であること
民法に定めた方式に違反する遺言は無効になります。
②単独行為である
遺言は一定の方式を備えていれば、相手方の承諾なくして、成立する法律行為である。ただし、相手方は遺言の
効力が生じた後にその効力を受けることを放棄することができます。
③遺言者の独立の意思に基づいてされなければならない
15歳以上であれば未成年者でも遺言をすることができます。
遺言は本人の最終意思を示すものであり、代理に馴染まない行為であるため、未成年者、成年被後見人・被保佐
人・被補助人が遺言をする場合であっても、法定代理人、成年後見人・保佐人・補助人の同意を必要としません。
④遺言者はいつでも遺言を撤回することができる。
遺言者は、自由にいつでも遺言することができますし、自由に変更することができます。(遺言自由の原則)し
たがって、遺言者はいつでも遺言の撤回ができます。
⑤遺言者の死亡前には効力は生じない。
遺言は、遺言者の死亡によってはじめてその効力を発生するものであって、その生前においては何等の法律関
係を発生せしめることはあいません。亡くなって遺言が効力を生じるまでは、何らの法律上の権利を取得しませ
ん。
⑥法定事項に限りすることができる。
法律に定められている事項以外のことがらについての遺言は法的効果を生じません。
(3)遺言書でできること
遺言をすることができる事項は民法に定められています。主に以下のものがあります。
①相続分の指定、遺産分割方法の指定
②財産の遺贈
③配偶者居住権の設定
④遺言執行者の指定又は指定の委託
⑤子供を認知すること
⑥未成年後見人の指定
⑦相続人の廃除及び廃除の取り消し
⑧祭祀に関する承継者の指定
(4)遺言書の種類
民法に定める遺言の方式には、普通方式と特別方式があります。普通方式には、下記の3つの種類があります。それぞれ、民法に決められた方式がありますので、方式を満たしていないと、遺言書として無効になる場合があります。
自筆証書遺言 | 遺言者が、遺言の全文・日付・氏名を自書し、捺印した遺言 |
公正証書遺言 | 遺言者の指示により公証人が筆記した遺言書に、遺言者、公証人および2人以上の証人が、内容を承認の上署名・捺印した遺言 |
秘密証書遺言 | 遺言者が遺言書に署名・捺印の上封印し、封紙に公証人および2人以上の証人が署名・捺印等をした遺言 |
(5)各遺言のメリットとデメリット
①自筆証書遺言のメリットとデメリット
自筆証書遺言は、その形式が法律によって厳格に定められており、それに反した場合は無効とされています。具体的には「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」(民法968条1項)と定められています。そのため、本文をパソコンで作成したり、印が押されていなかったりすると、その遺言書は無効になってしまいます。
また自筆証書遺言は、公正証書遺言と異なり、第三者によるチェックが予定されていません。
そのため、認知症などで十分な判断能力がないままに作成されてしまう事例があります。そのような事例では、遺言の有効性を巡って相続人間で争いになることがあります。
〈メリット〉
・他の方式の遺言に比べ簡単に作成できる
・費用がかからない
・法務局で預かってもらえる(遺言書保管制度)
・法務局で預かってもらう場合、検認は不要
〈デメリット〉
・方式が厳格なため無効になりやすい
・発見されないリスクがある
・隠蔽・破棄・変造されるリスクがある
・紛失してしまうリスクがある
・法務局に預けなかった場合には家裁の検認手続きが必要
②公正証書遺言のメリットとデメリット
公正証書遺言とは、公証人に作成してもらう遺言書のことです。公証人が関与して作成する遺言書なので、確実性が高い形式といえます。公正証書遺言のメリット・デメリットは下記のとおりです。
〈メリット〉
・公証人が関与するため無効になりにくい
・公証人が遺言者の意思能力を確認するため後で問題になることはない。
・公証役場で原本を保管してくれるので、紛失・隠蔽などのリスクがない
・家裁の検認手続きが不要なためすぐに執行できる。
・公証人に自宅や病院に出向いてもらって作成できる。
・文字を書けなくても作成できる。
〈デメリット〉
・費用がかかる
・証人2人以上の立ち合いが必要
③秘密証書遺言のメリットとデメリット
秘密証書遺言とは、内容を秘密にしたまま存在だけを公証役場で認証してもらえる遺言書のことです。遺言の内容は公開せず、遺言書があるという事実だけを確実にするのが目的になります。ただ、実際はほとんど利用されていません。
〈メリット〉
・自筆しなくても他人の代筆でもよい
・遺言の内容を秘密にできる
・変造、偽造を防げる
〈デメリット〉
・方式の不備で無効になりやすい
・紛失・隠匿のリスクがある
・発見されないリスクがある
・家裁の検認手続きが必要
・公証人の手数料がかかる
・証人2人が必要
種 類 | 作成方法 | メリット | デメリット |
自筆証書遺言 | 自筆で遺言書を書き、日付、氏名も自書して押印する。 | • 作成するのに費用がかからない。 •いつでもどこでも書くことができる。 •誰にも知られずに作成できる。 | •形式を間違えると無効な遺 言書となってしまう。 •形式を間違えると無効な遺言書となってしまう。 •相続開始後に遺言書が発見されないことがある。 •相続開始後、家庭裁判所での検認手続が必要である。 |
公正証書遺言 | 公証役場にて、証人2人の前で公証人 に遺言内容を述べ、公証人が 遺言書を 作成する。 | •公証人が作成するので、まず無効にならない。 •家庭裁判所の検認 が不要である。 •相続開始後、財産の名義変更が早くできる。 •原本が公証役場に保管されるので、紛失・変造の恐れがない。 | •証人2人必要である。 •費用がかかる。 |
秘密証書遺言 | 遺言の内容を秘密にしたまま公証役場にて、公証人と証人2人のを証明してもらう遺言 ・自筆しなくても他人の代筆でもよい。 | ・遺言の内容を秘密にできる。 ・変造、偽造を防げる。 | ・方式の不備で無効になりやすい。 ・紛失・隠匿のリスクがある。 ・発見されないリスクがある。 ・家裁の検認手続きが必要。 ・公証人の手数料がかかる ・証人2人が必要。 |
(6)遺言書は公正証書遺言で
公正証書遺言は、費用はかかってしまうものの、「無効になりにくい」「検認が不要」「トラブルになりにくい」などのメリットが大きいためです。もっともおすすめの遺言書は「公正証書遺言」です。
遺言書保管制度によって自筆証書遺言のデメリットがいくつか解消されましたが、本人の意思能力や遺言内容のチェックが受けられないことから無効になるリスクは避けられません。
遺言書を作成するのであれば多少の費用はかかっても、トラブルを防止し、自分の意思を確実に実現できる内容の遺言書を作成することを第一に考えるべきです。